2012年、私のゴールデンウィーク!今年のゴールデンウィークは、昨年とまったく気分が違っていました。
昨年は、震災のショックと余震、加えて放射能汚染への懸念・過度の恐怖心から
草取りも出来ませんでした。
妹と出掛けるのを楽しみにしていた、横浜でのアイスショーもキャンセル
電車に乗る事も出来ませんでした。
気持ちがなかなか前に進まず、縮こまっていました。
その時間を取り返すかのように、今年のGWは積極的に動き回りました。
そうは言っても、6日のお休みのうち外出したのは、3日だけです。
かなり強行軍でした。
しかも、外出時お天気に朝から恵まれたのは28日だけです。
後は、午後から天気の回復を待って出かけたようなものです。
今年は、美術館や個展で美術鑑賞するのが目的でした。
予定通り休日を楽しみ、後の3日は、草取りをしたり
片づけをしたり、普段できない事をして過ごしました。
そして迎えた6日の日曜日いつものように合唱の練習に出かけようと
準備をしていた時、「茨城に竜巻注意報」がラジオから聞こえてきました。
茨城といっても広い、一体どこに竜巻が起きるというのだろう。
風は強く吹いているものの、空は青空、念のため、雨戸を閉めて
蛇腹の門扉は閉じて強風と雷雨に備えて出掛けました。
それが、午後1時半頃です。車のラジオから「つくば市内で落雷のため停電している」
とニュースが流れてきました。
こちらにも、大きな雷雲が迫っているのだろうなと不安な面持ちで出かけました。
つくば市はお隣の市です。それなのに停電?
あまりの気象の差に?でした。
その日に限ってめずらしく、携帯をマナーモードにしていました。
午後3時半頃、窓の外がにわかに掻き曇り、真っ暗になり
雨が降り出し、稲妻が見えました。
予定通り、練習は午後4時半に終わりました。
その頃は、雨も上がって気温はだいぶ下がっていました。
車のラジオから流れてきたニュースで「つくば市で竜巻が発生した」との事
携帯電話をみると、父から友人からメールや電話の着信が・・・
竜巻がつくば市だったからです。両親は、私の居場所が特定できず
私が、竜巻のあったほうに出かけているのではないかと
心配になって電話を入れたようです。
すでに、竜巻の惨事をテレビで見ていたのでしょう。
他の方は、テレビを見て街並みが私の方の実家ではないかと
床屋さんを探しちゃったそうです。
私が無事かどうか皆心配しているんだ。
急いで、電話をしたり、メールをしたりして無事を知らせました。
帰宅して映像をみて愕然としました。
見慣れた親しみのある町の風景が
まるで、津波が押し寄せたようなあの浜辺の町の風景のようではありませんか。
母が津波があったみたいなんだという意味がやっとわかりました。
あまりの惨事に涙がでました。
泣いている場合ではないのですが。
しかも、栃木県の益子にも竜巻が発生したらしいというニュースにひやりとしました。
GWに出かけた「陶器市」は6日まで開催されていたからです。
背筋がゾッとしました。
北条には直接のお知り合いはいないものの、
益子には、顔見知りの猫作家さんが、テントのお店で仕事中だったはず・・
皆さんご無事だったのですが、震えて、何も出来なかったそうです。
他にも、茨城県内では、筑西市から桜川市にかけても被害があったようです。
どのような竜巻がどのように発生したのでしょうか。
日本の気象現象は、変わってしまったのでしょうか。
数年前、(現)筑西市(旧)下館市の小貝川付近では、
ダウンバースト言う現象で農作物に大きな被害が出た事があります。
今回は亡くなった方も、家屋の被害の甚大
農作物にも大きな被害が
自然災害の容赦ない現象に、何も打つ手はないのでしょうか。
「注意報」でも、これからは、充分「警戒」する必要がありますね。
竜巻の犠牲となり、亡くなられた北条の中学生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
また、行政には速やかな犠牲者の方々への支援をお願いする次第です。
ご心配いただきました皆様に心より深謝申しあげます。
本当にありがとうございました。申し訳ないくらいです。
でも、心強かったです。一人じゃないんだなって、
ありがたかったです。
いつも実家に帰るとき通る道です。
爆風のような破壊力
日本では発生が珍しい
スーパーセル栃木県真岡市の竜巻